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養老の自然から生れた「森の鼓動」はこちらで試聴できます。 こちら

今流れている曲はアルバム「森の鼓動より夢の呼吸です。」


2007年8月 中越沖地震災害チャリティーライブ 顛末記

サポート担当 西海

 それぞれに本業を持つ中北音楽研究所のメンバーが月に一回顔を会わせて食事をする。  
 この半年くらいの恒例のミーティングである。  

 その席で今年の夏は何かやりたいねと中北が言った。  
 本当に直後だった・・・。  

 新潟県中越沖地震の一報が入った。  

 もう、何をやると言う話題は、直に現実的な打合せに変わった。  

 メンバーが集まれ、行動できる日は? 今から押さえられるホールは?  
 課題は山積みだった。
 数週間で企画を立ち上げ、実行せねばならない。  
 スピードだけが要求される。

 研究所のメンバーに新潟出身者は誰もいない。
 ただ、北陸で続く地震に何かしたいという気持ちだけは全員が共有している。

 中北が一言発した。

 「ストリートで行こう!」

 この一言で今回のライブが決定した。


場所探し〜準備

場所を探す・・・。

 ストリートライブと言ってもどこででもやれるものではない。
 本当の路上でやるには警察の許可が必要だし、人の集まるところでやらなければならない。

 演奏場所の候補は2つあった。

 中北の演奏は癒しのピアノ。その力が発揮されるのは自然の中である。
 一つは渥美半島。そしてもう一つは養老の滝だった。
 この二つが候補にあがった理由は特にない。(苦笑)
 ただ、イメージだけで言い出した2つだった。

 最終的に夏の海岸は中北が一番似合わないよなという
 全員の一致した意見で養老の滝でライブをやるという
 ことに決定した。(爆笑)

 その日のうちに養老町に関する情報をネットで検索して、
 翌日には電話攻撃!(笑)
 養老公園、養老町役場・・・。
 面倒な電話なのに電話に出ていただいた方々、皆さん
 丁寧に応対をいただき感激!
 そして、チャリティーで使いたい旨を伝えると養老町の
 商工労働課の担当者さんが「そういうことでしたら是非
 使って下さい」との一言で会場が決定した。

準備

 場所は決まったのが、2週間前。
 時間だけは慌しく過ぎていく、看板、チラシ、CDの
 準備・・・。
 今回は義援金を千円以上出していただいた方に
 中北利男の「夢の扉」を1枚プレゼントすることにした。

 流石にピアノは用意できない。そこで、シンセの登場であるが、今度は電源がない!

 あちらこちらに電話をして発電機を探す。レンタルでも結構高い!
 とうとう、中北から「買うか?」とメールまでくる始末・・・。
 最後にはなんとか借り出す事ができて一安心。

 後はスタッフの飲み物や氷など細かな準備に一日を費やしてしまった。
 買物帰りの車の中であれもいるこれもいると言う風に考え、道で車を停めては必要か
 どうか考え込んだ。  

  ・・・要領悪すぎ。
  そんな声が自分から自分に投げかけられた。
 最低〜 (笑)


8月4日

午前

 早めに器材を抱えて養老町へ。  
 桑名東IC辺りで中北から電話。「少し遅れそう!」

 人気(ひとけ)のない養老公園に到着し、肝心なステージを見る。
 コンクリートの舞台のついた立派なもの。

 ・・・しかし!。

 メインストリートは川の反対側。
 ここで凄く嫌な予感。人・・・流れてくるかな?

 そこにタイミングよく、中北から電話。
 舞台側にいることを伝えたところ中北が心配そうに聞いてきた。
 「どんな感じ?」

 ここで事実をありのまま伝えると中北のテンションが下がるのではないかと心配して、
 「いい感じですよ。舞台も立派だし・・・。人通りは怪しいけど・・・。はははぁ〜」
 と笑い飛ばす!

 その後、中北と合流し、養老町役場へ挨拶に行き、準備を開始。

 はじめて見る舞台に中北が少し落胆した様子。

 しかし、そこは中北。どこに椅子を配置するか、シンセはどこに。
 的確な指示が飛び出す。

 セッティングが終わり、音が出だす。
 心なしかあまり乗り気ではなさそうだが演奏をスタート。

 私も写真撮影と同時にビデオを少し回してみるが、
 その表情はかなり硬い。

 事実、演奏をはじめてから1時間は数人の人が
 前を通っただけであった・・・。

 ところが、暫くすると中北の表情がいつになく
 厳しくなると、シンセのスイッチをいじりだした。
 MIDIファイラー(シンセのデータ録音機)のスイッチを
 押すと徐にシンセを弾き出した。

 柔らかい、優しい音だった。

 1曲、2曲と弾く。

 時計の針が12時を過ぎた頃、中北が「次、撮ったらメシにしよう!」と言った9曲目が終了。
 気に入った曲ができたのだ。

 10曲目は腹減った(苦笑)といいながら弾いていたので、なんとなくそう聞こえた。
 養老の自然と中北のピアノが融合した一瞬だった・・・。

午後

 天気があまり良くないこともあったのか、場所の問題なのか人通りもまばらな会場。
 交代で昼食を取りに行く。

 私がボッーと器材の前で座っていると、午前中に挨拶に回ったお店のオーナーさんがお見えに
 なった。

 リバーサイドカフェの甲(かぶと)さんだった。
 甲さんと色々お話をしていると、甲さんが時間が空いたら是非スタッフ全員でお店にきて欲しいと
 お誘いを受けた。
 コーヒーをご馳走したいとのお申し出だった。

 その時にお願いがあると言われる。なんだろうと聞き返すと中北にお店にあるピアノを弾いて欲しいと
 いうのだ。

 ちょうど、シンセは自動演奏で「夢の扉」を演奏していた。
 今日何度目かの「夢の扉」・・・。

 中北が昼食を取り終わり、戻ってくると甲さんの申し出を簡単に説明した。
 半信半疑な表情だった。
 「でも、お誘いを断る事はないので行ってみようか。コーヒーを飲みに行こう。」
 この時は中北も気分転換のつもりだったのだろう。
 お店までの短い坂をフウフウいいながら登っていった。

 短い会話の中で、甲さんのお申し出は私達とっては素晴らしいお話だった。
 「店頭のスペースを使って下さい。」
 この言葉に若干の躊躇はあったが、ご好意を素直に受ける事になった。
 とにかく、準備・・・。

 とりあえずシンセがあれば何とかなるので、大急ぎでスタッフがシンセを坂の上に持って上がる。
 中北がシンセをセットして音を出す。

 メインストリートを歩く観光客の人たちが足を止めた。  

 何人もの人たちが足を止めて曲を聴く。
 そう最初の曲は「夢の扉」だ。

 欧米系の外国人の家族が演奏を遠くから聞いていた。
 中学生くらいの男の子が近づいてきた。

 「この曲の入っているCDはどこに行けば
  買えるのですか?」

 男の子は私(西海)にそう聞いてきた。

 「今日は義援金に協力してもらったら1枚差し上げて
  いるんですよ。」

 そういうと男の子は両親の元に戻っていった。

 両親と何事か話している。

 演奏している中北の方に目をやると今日一番
  いい表情で演奏している。

 男の子が千円を手に戻ってきた。

 「義援金です。」

 男の子が義援金ボックスに千円を入れてくれた。
 CDを1枚手渡してあげると、がんばって下さいといって
 両親の元に帰っていった。

 両親は男の子の持ってきたCDを見ると何事かまた話している。
 男の子がまた私のところに戻ってきた。

 「もう一枚下さい。」

 夢の扉のCDを手にしている親子に私と中北は深々と頭を下げて、「ご協力ありがとうございます。」
 そう言うのが精一杯だった。

 私(西海)にとってこの瞬間(とき)は一生忘れられないだろう。

 そうでしょう。

 「夢の扉」の扉が本当に開いた気がしたんですから・・・。

 それからは何人もの人が演奏に立ち止まり、演奏を聞いて義援金をいれてくれる。

 少額の方もあれば、千円以上を入れてくださる人もみえる・・・。

 全員が汗をかきながらCDを手渡す。

 皆さんがいい曲ですね。

 がんばって下さい。

 口々にそう言って下さった。

 やって良かった・・・。そう思えた瞬間だった。


8月5日

午前

 甲さんのご好意で、5日も終日、店頭をお借りすることとなった。

 ただの営業妨害(笑)だなと全員が苦笑しながら準備に取り掛かる。
 朝のうちは流石に観光客も少ない。

 今日は朝から台湾茶芸館 フォルモサ・ティー・ショップのスタッフが、応援に駆けつけてくれた。

 台湾烏龍茶の振る舞いをするためだった。

 ここの烏龍茶は台湾でも指折りの茶園で作られた
 お茶で、さっぱりとした喉越しは坂を登る人に清涼感を
 与えてくれる。
 味にうるさい中北も美味しいと飲んでいた。

 戦闘開始とばかりに中北がシンセを演奏しだした。
 昨日の興奮がそのまま彼のテンションを上げている。

 今日は人出も多く、立ち止まる人も昨日以上に多い。

 気になる方が見えた。
 木陰になる部分で車椅子のご婦人が二人、30分近く
 演奏に聞き入ってみえる。

 恐る恐る話し掛けてみた。

 近所の方で今日は散歩に見えたとのこと。
 車椅子に座られている方は言葉が中々発せられない事。
 音楽が好きな事。
 色々なお話を聞かせていただいた。

 これも何かのご縁と思い、演奏している中北の所に行き声をかける。
 「CDを差し上げますね。」
 その一言は中北にとっては当然という顔で頷いた。

 CDを何枚かお渡しすると車椅子のご婦人は驚かれたが、中北音楽研究所の考えであることをご理解
 いただき、ご笑納いただいた。

午後

 昼食を甲さんのリバーサイドカフェで取り、最終日の午後に突入する。
 中北の表情がいつになく優しい。まるで子供のような顔つきだ。

 中北が即興演奏していると同じフレーズを何度も
 何度も演奏する。
 表情に似たすごく優しい、といっても何かパワーを
 感じる演奏だ。

 「昨日から頭の中でこのフレーズが繰り返し流れて
  るんだよな」

 中北がそう言いながら演奏をしている。

 「養老の自然が降りて来た。」

 珍しく中北が宗教じみたことを言うと、今日は全く準備
 していなかったMIDIファイラーを用意してくれと言った。
 レコーディングをするつもりだ。

 準備が完了すると中北の顔つきがいつになく厳しくなった。
 徐にシンセに向かって演奏を開始した。

 ・・・。

 一曲、演奏し終わるごとに静寂。

 あれだけ鳴いている蝉の声も谷から聞こえる水の流れも
 全く聞こえない。
 ただ、ピアノの音の余韻だけが、耳に届く。

 思わず・・・。拍手する。
 足を止めた観光客の皆さんも釣られて拍手をする。
 近くにいた人、全員が同じ時間を共有した。

 中北の額には、玉のような汗が滲み出ていた。

 「できた。」

 中北の呟く声が聞こえた。
 そう、新作が出来たのだ。
 近く、皆様のお手許にもお届けできるであろう新作が出来上がったのだ!


さいごに〜後日談

 告知もなく突然のストリートライブでどうなることかと思った。

 ・・・4万1000円 (なんと!日を追って増えているのだ!!)

 予想を上回る義援金の額は私達中北音楽研究所だけの力ではない。

 これは養老町の皆様のお力添えの賜物と理解し、養老町の皆様の暖かなお心遣いも併せて、
 新潟の地に贈らせていただきたいと思っている。

 最後に今回の成功の要因は?と聞かれると私自身はこう答えたい。

 全ては「夢の扉」に尽きる。

 甲さんとの出会いは会場を流れる夢の扉、中北が路上で演奏し、活動に共感していただいたのも夢の扉。
 (とにかく中北が「夢の扉」を2日間で50回以上演奏したのだ!)

 ライブは夢の扉ではじまり、夢の扉で終った。
 私達、中北音楽研究所の「夢の扉」が本当に開いた一瞬だったのかもしれない。

 後日談であるが、車椅子のご婦人から義援金が届いた。
 そんなつもりではなかったし、お礼を言うにもお名前も存じない。
 この場を借りてお礼を述べたい。

 「ありがとうございました。」 (中北音楽研究所 一同)

 更にリバーサイドカフェの甲さん、そして、今もリバーサイドカフェに義援金を届けてくださる常連の皆様。

 「本当にありがとうございます。」 (中北音楽研究所 一同)

 
 更に更に余談ではあるが・・・。
 今月中に紹介したい事があるが、この事を皆さんは
事務局に問い合わせてはいけない(苦笑)

 今回お世話になったリバーサイドカフェは・・・。紹介
 養老町養老公園滝口にあります。
 絶品の豆腐ケーキを下さい。と言ってください。美味しいです。
 


新潟へ義援金を送る・・・。

 4万1千円の義援金のうち、私達中北音楽研究所が直接受け取った分。
 
 3万8千円を8月16日、郵便局から日本赤十字社新潟支部に送金した。
 今回、養老町の皆様の優しさも届けたく、私個人の判断で、

 「中北音楽研究所 養老町会場」 と名称をつけさせていただき、赤十字に
 送金しました。(当日、募金箱に入れていただいた総額です。)


 
 

養老町での中北利男の演奏を見せちゃいます!

 


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ビデオを再生する場合に曲を停止してお楽しみ下さい。


 


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